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広島家庭裁判所 昭和38年(少)2547号 決定 1964年1月17日

少年 M(昭二三・三・一生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してある小刀一本(昭和三九年押第三号の一)、風呂敷一枚(同号の三四)及び鍵九個(同号の三六)を没取し、現金三、二四一円(同号の三)、小切手帖一冊(同号の九)、登記証書二冊(同号の一〇)、約束手形一枚(同号の一一)、○○農協出資証書一枚(同号の一二)、領収書二枚(同号の一三)、約束手形半券一二枚(同号の一四)、土地売買契約書一通(同号の一五)、広島銀行普通預金通帳四冊(同号の一六)、四国銀行普通預金通帳一冊(同号の一七)、△△農協普通預金通帳一冊(同号の一八)、茶封筒一枚(同号の一九)、株券一一枚(同号の二四乃至三一)及び手提金庫一個(同号の三三)をいずれも被害者波○惣○に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は

一、昭和三八年八月○日午後一一時頃、山口県岩国市○○バーニュー○○○○前路上において、ス○ス、ケ○ス、F所有の第二種原動機付自転車一台(時価約三〇、〇〇〇円相当)を窃取し

二、同月○○日午後一一時頃、前同所において、ア○チ、ジ○イ、ス○○ク所有の第二種原動機付自転車一台(時価三〇、〇〇〇円相当)を窃取し

三、同年九月○○日午後三時三〇分頃、広島市○○町○の二△△繊維株式会社前路上において、大○義○所有の第二種原動機付自転車一台(時価三〇、〇〇〇円相当)を窃取し

四、同年一〇月頃より知合いの山口県岩国市△△△○○○土方人夫西○幸○方に寄寓して遊んで暮らしていたが、右西○が新婚であり、いつまでも同人方に同居しているわけにも行かない事情があつたので、他にアパートを借りようと思い立つたものの、それに要する資金は勿論、日常の小遣銭にも窺する状態にあつたため、その捻出方を思案中、広島県大竹市○○町△△△○○○の二波○惣○方が土建業を営み、同家に出入りする飯場人夫に毎日給料の支払いをしているところから、同家には常時相当多額の現金があること、また昼間は男が働きに出るため無人となることの多いこと、以前同家にアルバイトに行き、その後も時折出入りして内部の様子にも明るいことなどに思い当り、同人方より家人の隙を窺い金品を窃取しようと考え、同年一二月○○日頃より同家附近を徘徊して機会を狙つていたが、人の出入りが多く、容易に犯行に及び得なかつたので、場合によつては家人を脅迫の上金員を奪取しようかとも考え、同月○△日午前一一時頃、日頃より護身用に持つていた切出し小刀一丁(証第三号の一)を携え、同家附近に赴き様子を窺つていたが、一向に留守になる様子もないところから、一旦その場を立ち去つたものの、次第に焦燥の念が高まり、かくなる上は家人を殺害しても金員を奪取しようと決意し、同日午後二時一〇分頃から三時一五分頃迄の間に、再び同家に到り、左手で右切出し小刀を背後に隠し持ちながら、同家表口から屋内に入り、偶々右表口横九畳の間でテレビをみていた、前記惣○の弟波○礼○の妻○エ(当二二年)に対し、「大将はいますか」と尋ね、同女が不在であると答えると、いきなり背後に隠し持つていた切出し小刀をもつて、右手で、同女の胸部その他を数回突き刺した上、同室の押入れから、前記波○惣○所有にかかる現金約一九、六〇四円、株券一一枚(約四、六〇〇株)、広島銀行普通預金通帳など六冊他約二〇点在中の手提金庫一個を強取し、更に必死の努力で少年の足にしがみついてきた右○エの頸部を、片手で扼圧し、結局、前記心臓の刺傷による胸腔内出血により、同女を同所でその頃死に至らしめて殺害し

五、同日同時刻頃、前同所波○組宿舎において、谷○金○所有のズボン一本(時価一、五〇〇円相当)を窃取し

六、同月△△日午後七時過ぎ頃、山口県岩国市○○駅前喫茶店「△」前路上において、同所に駐車中のホンダカブ号後部荷台にくくりつけてあつた、鶴○△子所有の預金通帳他約一九点在中の上海ラーメン空箱一個(価額合計七五六円相当)を窃取し

たものである。

(罰条)

一乃至三、五、六 刑法第二三五条

四 同法第二四〇条後段

(要保護性)

一、生育歴

少年の父は広島県大竹市○○町の○○レーヨンに工員として勤務し、少年はその一人息子として小学校一年生頃迄は何不自由なく成長した。その頃、父は脊髄を患い両足が不自由となつて会社を退職したため、そのような父に見切りをつけた母は、少年の小学校五年生頃父と離婚し、爾後少年は殆ど母の手で養育された。この間、母が上記○○レーヨンの寮に炊事婦として稼働していたため、少年は殆ど放任され、しかもその母が文盲で無教養であつたことから、少年は次第に母を軽蔑するようになり、その言いつけに従わず、我儘な生活態度を身につけるに至つた。中学校入学時よりは、喫煙、暴力行為などにより補導されることが度重なり、また母が不在勝ちであるところから近所の不良少年達が少年宅に集まることが多くなつた。中学校三年生頃よりは現金、テレビ、バイクなどを母にねだり、これが容れられないときは、母を引きずり廻し、刃物を突きつけ、首をしめるなど異常な行動が顕著となつた。昭和三八年四月には電波高校に入学したが、同年八月及び九月頃、本件一乃至三の窃盗非行を犯したため、同年九月末同校を退学した。

父は母と離婚後、本籍地の香川県大川郡○○町で易者として漸く生計を維持していたが、本件一乃至三の非行を知つて大竹市に赴き、母と少年の補導策につき相談した結果、両親は復縁し、同年一〇月一〇日頃前記○○町へ引揚げた。しかし少年は父母と行を共にせず、大竹市に残り、判示西○幸○方に身を寄せた。その後少年は二度程父母の許へ帰つたが、父とは長期間別居し、また母には放置されていたため両親に対する親愛感が薄い上、父の居住先の親戚の者らとも合わないところから、再び大竹市に舞い戻り、前記西○方で無為徒食しているうち本件強盗殺人を犯すに至つたものである。

二、資質

鑑別結果によれば、少年の知能は普通域(IQ=一〇一、新制田中B式)にあるが、その性格は内向的で、情緒が蓄積すると爆発する傾向があり、短気、我儘で、主観的判断に基いて短絡反応を示しやすい。また同情、あわれみ、良心などの高等感情に乏しい情性欠如性の精神病質者である。

三、本件強盗殺人罪に対する所見

本件強盗殺人罪は、判示のような動機から、極めて安易に他人の生命を奪つたもので、動機につきびん諒すべき余地は全くなく、その犯行は、侵入のための合鍵を予め買い求めて用意し、数日前より機会を狙うなど計画的であり、犯行に当つては、指紋を残さぬため手袋を使用するなど周到な配慮のもとに行われ、その殺人行為は、当初から殺意をもつてなされたもので、偶発的なものではなく、しかも白昼公然と表口から侵入するなど大胆である上、発生した結果は重大である。

にも拘らず、犯行後の行動、鑑別所での態度、審判廷での供述態度からみると、少年は寸毫も人間的良心の苛責を受けておらず、罪の意識も皆無に近く、被害者の遺族の心情に想いをいたし、またこの種犯罪の社会的影響を考慮し、かつ近時年少少年による凶悪犯罪が増加の傾向にあることを考えるとき、本少年については、これを刑事処分に付するのが相当と思料されるところ、少年の年齢上にかかる処分をとり得ないで、主文のとおり中等少年院に送致することとした。

少年の上記病質的人格は既に根深く形成されていて、容易に矯正し得ない段階にきていること(鑑別結果)、また少年が今後社会にあれば同様に多種の非行を繰り返し再び犠牲者の出る可能性があると思料されること(当裁判所久保技官の意見)などを併せ考えるとき、本少年の将来については非常に多くの問題が残されているといわねばならない。本少年については、通り一辺の指導によつては、健全な精神発達を遂げさせることは困難であると思料されるが、中等少年院における特に長期にわたる強力な生活指導によつて、人の生命の尊さを知らしめ、同情、あわれみなどの情操を涵養し、いささかなりともその病質的人格を改善することが出来得ればと心から期待する次第である。

(主文の適条)

少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条第三項少年法第二四条の二第一項第二号、第二項

少年法第一五条、刑事訴訟法第三四七条第一項

(裁判官 高橋水枝)

参考

鑑別結果通知書<省略>

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